<ゴルフを語る③>
「老い」とゴルフ 作家 水木楊
メンバーになっているゴルフ倶楽部で、いつも顔を合わせるプレーヤーに、プレー回数年間200回以上という猛者がいた。しかも、83歳の高齢である。仮にKさんとしよう。
彼のバッグを覗くと、ドライバーとジガー、それにパター以外はほとんど新品状態だった。ボールがどこにあっても、たとえ林の中でも、ラフでも、ベアグランドでも、大抵はドライバーで打ってしまう。
100ヤード以内になると、今度はジガーだ。バンカーが前にあったら、グリーンにオンさせようなどとはしない。ジガーで避けて通る。他のクラブはキャディに預け、ドライバーとジガーを侍のように二本差しにして歩いていった方がいいのではないかと思えた。
昼食時、クラブハウスで、Kさんがレストランのテーブルに座ると、黙っていてもメニューにないものが出てくる。酒が1合。少量のマグロの刺身に、茶碗半分の飯、それに味噌汁。それらを実にうまそうに飲み、食べる。
決まっているのは食べるものだけではなく、感慨深げにつぶやく言葉も同じ。
「こうしてゴルフができるのはありがたいなぁ、靖国神社に行った連中は可哀想だなぁ」
徴兵でフィリピン戦線に連れて行かれ、九死に一生を得て、戻ってきたのだ。
カラスの鳴かぬ日はあっても、Kさんの姿が倶楽部にない日はないと言われたものだが、あるとき消えた。階段でつまずき、腰を痛めたという。以来、倶楽部の大事な風景のひとつを失ったような寂しさがある。
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